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五庄屋を祀る「長野水神社」

writing: 大楽

 

田園風景が広がり、豊かな自然が印象的で、日本名水百選にも選ばれるうきは市。しかし、江戸時代初期までは筑後川に隣接する町であるにもかかわらず水不足に苦しんでいたそうです。五庄屋を祀る長野水神社。五人の庄屋が水不足に苦しむ人々のために私財を提供してそこに暮らす農民とともに用水路を作り上げた歴史があります。現在も五庄屋物語として語り続けられています。

町に流れる豊かな水は五庄屋、栗林治兵衛、本松平右衛門、山下助左衛門、重富平左衛門、猪山作之丞をはじめとした先人の努力によるもので、現在もその恩恵を受けているのです。新川が出来る前のこの地域は、周辺の川の水位より土地が高かったため、水が思うように使えませんでした。そのため、穀物の収穫量も少なく農民の飢えを見兼ねた五人の庄屋たちは、筑後川の水をどうにかして引き入れようと話し合い、ここから10キロ離れた筑後川上流の大石に取水口と西部へ水が流れる用水路を造る工事の嘆願書を久留米の有馬藩に出しました。この嘆願書には「工事の費用は、五人の庄屋が全部受け持ち決してお上にはご迷惑をかけませぬ。」と書かれていました。

南新川とうきは市の北部を流れる北新川は、西部の田畑を潤します。新川は田畑だけでなく、その水源を利用した水車や唐臼が造られ、精米、製粉、また製麺、酒造、櫨蝋や菜種油等の工業も支えました。また、新川の水は吉井町中の小さな用水路としても流れており、人々の防火・生活用水としても活用され続け、今もこの地域を潤しています。春の大祭には、小学生による「浦安の舞」が奉納され、露店も出店し、現在も五庄屋の恩恵を受けている多くの人々が参拝に訪れます。また、長野水神社は桜の名所で、シーズンには花見客でにぎわいます。

 

近くの江南小学校では五庄屋の偉業が校歌として歌われています。すごく素敵な物語に心を打たれました。

江南小学校校歌  寛文初年の頃とかや いでこの民を救わんと 慨然死をもって誓いたる この地に五人の庄屋あり 夏梅、清宗、菅、高田、及び今竹五か村の 庄屋はここに差し出す 水道工事の請願書 水もし引くに来たらずば 皆一同にはりつけの 刑罰その身に受くべしと 壮んなるかなこの事や 至誠は人を動かして 許しの下る村口に 早たてらるる仕置台 見るに励まぬ人ぞなき 矢よりもはやき筑後川 さかまく波とたたかいて 岩切りうがち水をせく その辛その苦そもいかに 百難万艱排し得て 開きし長野と大石の 井堰に命を救わるる 田の面は二千百余町 千古の偉業功成りて 下りし賞与の数々も 五人は辞して皆受けず 誰かは高義に泣かざらん 尊き歴史は我が村の 無窮の誉れ散らぬ花 御霊は永く祀られて 守るか民の幸いを

長野水神社

うきは市吉井町桜井208-1

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